■運を貯める⁈徳を積むとは?

吾輩たちは、運について話したり聞いたり、目にしたりすることがありますよね。

運命の人だとか、運がいい、運が悪い、開運、他にも運命を占ったりと、運に興味や関心が高いのですにゃ🐈

運は目には見えませんが、運は確かに存在すると吾輩は思っています。

運を貯める⁈

運って貯められるんですか?

運が貯まるなんて信じられないかもしれません。

運って実は貯まるものだったんです。

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■運が貯まるとは?

運を貯めるというのは、良い行いをすること、つまり徳を積むことなのです。

※徳には、陽徳と陰徳があります。

陽徳:誰かを助けたり、良い行いを賞賛されたり、感謝されたりする。人に知られる良い行いのこと。
陰徳:誰にも気づかれずに良いことをすること。

昔から徳を積むことで、運が貯まるとか、良いことに繋がると言われていますよね。

■上徳と下徳

また、吾輩が尊敬する老子先生は、徳には上徳と下徳があると説いています。

あなた様も「徳が高い人」とか「徳が低い人」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんにゃ🐈

「徳」のじゅうぶんな人は、ひたすら「道」に従うばかりで、わが身の徳を徳として意識しない。だからこそ、「徳」が身についているのだ。「徳」のじゅうぶんでない人は、その徳を意識して失うまいとつとめる。だからこそ、かえって「徳」が身につかないのだ。
老子 無知無欲のすすめ 金谷 治講談社学術文庫より引用

■徳が高い人


徳が高い人と聞くと

例えば、みんなから尊敬されている人とか人徳者というイメージがあるかもしれませんにゃ🐈

けれども、老子先生はこう口説いています。

「徳がある人は徳を徳として意識さえしない」だからこそ、徳を身につけることができるのですと…

名誉がほしい

財産がほしい

人から尊敬されたい

人から認められたい

このような「欲」を持たない人こそ「徳が高い人」だと言うのですにゃ🐈

物事に執着しない人

良いことをしても、その行いを徳として意識しない人

損得や見栄にとらわれない人

そのような人には、自然と徳が積まれているというのです。

関連:■執着しない方法!執着する理由を知って、執着しない生き方を選ぶには?

■徳の低い人

逆に徳の低い人は、徳を意識して更にその徳を失うまいとして、徳に執着してしまう。

だからこそ、「徳」が身につかないというのです。

名誉がほしい

財産がほしい

人から尊敬されたい

人から認められたい

欲を手放すことが出来ず、かえって「徳」を身につけることができないのですにゃ🐈

■徳を積むには⁈


徳を積むなんてなんだか難しそうだなと感じるかもしれません。

老子先生のいう「徳の高い人」になるには、どんな風に過ごせばいいのでしょうか?

吾輩も、徳については昔から興味がありましたが、徳を積むと幸せになれるんじゃないか?とか、徳を積むことで運が貯まるんじゃないか?といったイメージや損得勘定からだったのだなぁと今は思います。

老子先生の言葉から
徳を積むっていうのは、吾輩たちができることを自然とやることで、いつの間にか徳が貯まっているということですよね。

また、幸運が巡ってきた時にこそ、その幸運に執着しない(独り占めしない)で幸運をおすそ分けすることも、執着を手放すことになりそうですにゃ🐈

不平不満や悪口を言わないことも運を貯めると言われています。

あなた様の笑顔に自然と励まされたり、

あなた様の勇気に感動したり、

あなた様の優しさに安心したりする。

あなた様の思いやりや、ちょっとした心遣いが誰かの心を癒したりする。

意識して良い行いをすることではなく、自然と誰かの役に立つことが「徳」として貯まり、それこそが運を貯めることだったのですにゃ🐈

そして、そんな風に過ごすことで「いつの日か幸運が舞い込む」のではないでしょうか?

陰徳でも、陽徳でも意識することなく、吾輩たち自身が喜んで取り組み、それが誰かの役に立つことが大切だったのです。

徳を積むとか、運を貯めることは、本当はとても“シンプル”なことだったのです。

そして、そんな行いが積み重なることで、吾輩たち自身の内面を磨くことになるのですにゃ🐈

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