■卑屈になる理由!なぜ卑屈になるのか⁈

■卑屈になる⁈卑屈にならない方法!でも紹介しましたが、
吾輩たちは、“卑屈になってしまう”そんな時があります。

卑屈になる原因は、人それぞれに違います。

なぜ卑屈になるのか?

もしかするとこんなことが理由になるのかもしれません。

なぜ卑屈になるのか?について、考えてみましょう。

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■なぜ卑屈になるのか?

吾輩たちが、卑屈になる時を思い出してみましょう。

■バカにされていると感じてしまう

自分はダメだと思ってしまう

他人と比べて落ち込んでしまう

私は〇〇だから、無理だと思ってしまう

このように

“他人から見られている自分”にばかり注目しているのです。

実は、「他人がどう思うか?」に注目しても無駄なんです。

なぜなら、吾輩たちは“他人の気持ちをコントロール”することなど誰にもできないからです。

相手の気持ちは、相手にしか決められないからです。

だから、「相手がどう思うのか?」に注目しても意味がないんです。


例えば…

どこまでも広がる海を見て
あなた様は、綺麗だと思いました。

けれども、別の人がその海を見て必ずしも「綺麗だな」と思うかというと、人それぞれに違うんです。

心が疲れている人にとっては、物悲しく見えるかもしれません。

同じ海なのに、その人のコンディションによって、その人の過去の経験や体験によって、その時のバイオリズムによって感じ方は同じではないんです。


あなた様が卑屈になる理由は、

自分の気持ちより…

相手(他人)から自分はどう見えるのか?

相手(他人)が自分をどう思うのか?

を優先しているからだと吾輩は思うのです。

相手から見られている自分

↓↓

自分が相手を見ている

自分を優先してみれば、卑屈にならなくなります。

相手の気持ちは、相手が決めることなんです。

 相手がどう思うのか?

  と悩むより、

自分はどうしたいのか?

自分はどう思うのか?

に注目するのです。

吾輩も、卑屈になることもたくさんありました。

でも、いまは、卑屈になりません。

「誰が、どう思うか?」は、その人に任せることにしたからです。

自分がどう思うか、自分を中心に生きるというと、“自己中心的”だと思ってしまうかもしれませんね。

※自己中とは、相手のことを思いやらなかったり、自分の利益になるように相手を動かしたり、身勝手にふるまったり、わがままになること。

自分を優先に生きる

自分を中心に生きる

というのは、アドラー心理学的にいうと“自分の課題を生きる”ことだと吾輩は思っています。

自分の課題を生きることによって、相手の課題は相手に任せるのですにゃ🐈

関連:■承認欲求は必要なのか?嫌われる勇気を持つ⁈

他人からどう見られるか?を想像するより、自分はどう思うのか?自分の気持ちを大切にするのです。

他人と比べても、意味がないんです。

人それぞれに、良いところと悪いところが違うからです。

他の記事でも、何度か紹介していますが…

良いところと悪いところは
“ワンセット”なんです。

二つ揃って、はじめてあなた様の魅力となります。

卑屈にならないで、自分を中心に世界を見て見ると、

もっと、自由に!

自分の持ち味を生かしていけると吾輩は思っています。

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