“ゆるく生きる”という言葉をよく耳にするようになりました。
吾輩が若い頃にはあまり聞かなかったように思います。
吾輩たちは、もっとゆるく生きてもいいのかもしれません。
もっとゆったり生きてもいいのかもしれません。
特に近年
早いことやスピードを上げる、効率を上げることばかりに囚われすぎていたのかもしれません。
“時間の流れが違う”ということを聞くことがありますよね。
「日本は時間の流れが早い」と言われることがあります。
どこか急かされているような…そんな感じがするのかもしれません。
もちろん同じ日本でもゆったりとした地域や場所もたくさんあります。
また、“やらなければならない”と思い込んでいることがありすぎるのかもしれません。
忙しすぎるんです。
■ゆるく生きる方法

■自分に厳しくし過ぎない
自分に厳しくし過ぎないことは、ゆるく生きるためには、必要な要素なのかもしれません。
“自分に対して厳しすぎる”と…
他人に対しても厳しい目で見てしまう可能性があります。
・わずかなミスも許さない。
・全く心に余裕がない。
逆に“自分に厳しくしない”と…
他人に対しても寛大な心でいられるのではないでしょうか?
・小さなミスをお互いさまと受け止められる。
・心に余裕、ゆとりがある。
自分に厳しくしすぎない
学ぼうと思う人は、自らを厳しく律する必要があるが、一方では、物事にこだわらないさっぱりとした心持ちも必要だ。
あまりに自分に厳しくするばかりならば、心にゆとりがなくなり、周りの人も息が詰まってしまう。これでは、結果的に何もいいものが生まれない。
菜根譚 洪自誠
■他人と比べない

他人と比べないことも、ゆるく生きるに繋がっています。
他人と比べないことは、自分の人生を生きるということです。
あの人にできることが、自分にはできないかもしれません。
けれども、
自分にはできることが、あの人にはできないこともあるんです。
“人それぞれに持ち味が違う”からです。
だとしたら、比べようがないことがわかります。
人と比べて落ち込んだり、得意になったりしないことも、あなた様がより自由でゆるく生きることに繋がっています。
■〇〇でなければならないという自分や世間が作ったルールに縛られ過ぎない
疲れすぎる原因のひとつに、“〇〇でなければならない”という自分ルールを破れないというのがあります。
・〇〇でなければならない
・〇〇でなければ笑われる
世間の常識って、あなた様にとって本当に重要なことなのでしょうか?
自分のルールやこだわりがあることが悪いわけではありませんが、あまりにも囚われすぎてしまうと、自分で自分を不自由に、不自然にしてしまうんです。
絶対に〇〇でなければならないことは、それほど多くないのかもしれません。
自分を大切にして、周りの人にも思いやりを持って接するだけで充分なように思います。
■頑張らない
頑張らないこともゆるく生きるに繋がっています。
頑張るとは、力が入っていること。
頑張るとは、無理をすること。
■見栄を張らない
見栄を張らないこともゆるく生きるためには必要な要素です。
見栄を張るのは、自分を大きく見せたいという思いがあるからだと思います。
見栄を張らなければならないのは、自分の“いいところと悪いところ”にしっかりと向き合えていないのかもしれません。
自分のいいところと悪いところは“ワンセット”であることに気づくこと、両方揃ってこその魅力を認めて受け入れることで見栄を手放すことが出来そうです。
■生活をシンプルにする

生活をシンプルにすることもゆるく生きるためには有効だと思います。
“やらなければならない”と思い込んでいることを少し整理して手放すだけで、忙しい日々を少し和らげてくれるのではないでしょうか?
少し時間に余裕ができるだけで、心の余裕にも繋がります。
■毎日の食事を大事にする

時間に余裕があると、毎日の食事の支度や食事をする時間をもっと大事にできるかもしれません。
旬の食材を使って料理を作ることも、食事を楽しむ事も、一日の大事なひとときです。
健康的な生活が、吾輩たちの身体と心の支えとなってくれると思うからです。
小さな幸せに繋がっています。
毎日の小さな幸せの積み重ねが、心に余裕を生み、その余裕がイライラやストレスを軽減してくれるんです。
■よく寝る

眠ることも、ゆるく生きるためには必要な要素です。
いい睡眠が、日々の疲れを癒し身体はもちろんのこと心も元気にしてくれるからです。
心と身体が疲れていたなら、余裕を持つどころか、小さなことでイライラしたり、くよくよしたりしてしまうでしょう。
よく眠れた時には、目覚めから気分は良く、身体が楽で充実した一日を過ごすことが多いように思います。
逆によく眠れなかった時には、目覚めから気分は悪く、ギリギリの状態で一日を過ごすことになるような気がします。
■楽観的に生きる

吾輩たちは、ほんの小さな失敗や躓きにも敏感で、不安になって心配したり、落ち込んだり、塞ぎ込んだりしてしまいがちです。
けれども、全ては些細なこと。
世界から見れば…
宇宙から見れば…
チリみたいなもの。
なんてことない。
まだ起きてもいないことを心配したり、
起きてしまったことをくよくよと思い悩むこともあるかもしれませんが、
楽観的になって、「これでいいのだ!」と生きていきましょう。
■どちらでもいい

日々の小さな幸せを大事にして、自分は幸せであることが実感できるなら、どんな道を歩いてもいいと思います。
どんな生き方をするか、自分で決めていいのですにゃ🐈
海がいいなら海と共に生きればいいし、山がいいなら山と共に、都会がいいなら都会で。
何がダメで何がいいなんて、決まりごとはないからです。
あるのはあなた様がどう生きたいか?と向き合った結果、歩くことにした道だけです。
自分が選んだ道を歩き始めた途端に、他人への羨ましい気持ちや嫉妬なんかを持っていない、手放していることに気づくのかもしれません。
自分の道を歩くことが、こんなにも楽でスムーズで、爽やかだったなんて知る由もなかったあの頃を懐かしむ日が来ると思います。
“ゆるく生きる”とは、
自分を許して、他人を許すこと。
つまり、
自分と他人に寛大になること。
寛容することなんです。
古(いにしえ)の日本も、そんなゆるい生き方こそが定番だったのではないでしょうか。