■【無愛想のススメ】無愛想に生きるとは?

人間関係をスムーズに
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 無愛想という言葉は、普段あまり良い意味で使われることはない。

 ましてや、無愛想になることを勧められることなど普通はないのではないかと思う。

 ただ、無愛想になることは人生を大きく変える力がある。

 本書では、これでもかというほど無愛想をオススメしていく。

引用元:無愛想のススメ〜人間関係が劇的に改善する唯一の方法〜

池田 潤

もしあなた様が

・嫌われるのが怖い…

・つい愛想良く振舞ってしまう…

・自分に自信が持てない…

・頑張っているのに報われない…

そんな悩みがあるとしたら、「無愛想のススメ〜人間関係が劇的に改善する唯一の方法〜」はとても素晴らしい一冊になるなるのではないかと思います。

人間関係に悩み、疲れている人の多くはとても愛想がいい“いい人”なのかもしれませんね。

「無愛想になるなんて、ありえない!」

そんな風に思った人にこそ、最後まで読んでほしいと著者の池田潤氏は言っています。

もし、あなた様が

・人から嫌われるのが怖い。

・人からどう思われるかばかり気にしてしまう。

・他人の評価がとても気になる。

・頑張っているのに報われない。

・いい人でいることに疲れた。

・つい空気を読んでしまう。

こんな風に感じているなら、無愛想になることで、全てが解決するのかもしれません。

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■無愛想に生きるとは?

吾輩たちは、愛想良くしないと育ってきた人が多いのではないでしょうか。

なのに、今後は無愛想をススメるだなんて、どうかしてると思うかもしれませんね。

無愛想になることは、実はすごく深い意味があると言います。

無愛想でいるとは、

自分を愛するということ

自分に正直になるということ

自分を責めないということ

自分を大切にすること

自分の好き嫌いをはっきりさせるということ

自分の評価が高いということ

自分の存在に自信を持っているということ

他人基準でなく自分基準で生きるということ

愛されるより愛することを望むということ

無愛想になることは、そういう意味がある。

■無愛想になれない人

池田潤氏は、無愛想になれない人の愛想の良さは“自分を犠牲にすること”で生まれていると言います。

その結果、周りの人にはわからない形で多くのストレスや不平不満を溜めていると。

更に、

その愛想の良さは報われない…

自分を魅力的にしない…

人から軽く扱われる…

なぜなら

自分で自分を軽く扱っているから。

自分を軽く扱っている限り、人からも軽く扱われると言います。

・頑張っているのに、なぜか評価されない。

・人との距離も縮まらない。

・言いたいことが言えない。

・心の中では嫌だと思っていても、笑顔で承諾し、後で悔しい思いをする。

・相手のお気に入りになるために自分を安売りする。

そんな人に必要なのは“無愛想になれる力”であると言うのです。

■無愛想になることで人生は変わる

著者の池田潤氏は、小学5年生の時いじめにあい「自分は普通に生きていると嫌われる存在なんだ」と嫌われない努力をするようになったと言います。

 私は昔、愛想のいい人間として生きていた。

その当時は、自分を責め、否定していたし、人から嫌われるのが怖かった。

自分のことを愛しておらず、いつも他人基準で物事を考えて生きてきた。

中略

そんな私の人生が変わり始めたのは、何と、無愛想になることを自分に許可し始めた時からだ。

初めは無愛想になることは勇気が必要だった。

無愛想になるより、愛想笑いをしている方が楽だった。

でも、いつもそうやって生きていたからこそ人生は変わらなかった。

勇気を持って無愛想になることを許可した時から私の人生は変わった。

無愛想になることは、他人がどう思うかではなく、自分がどうしたいかを大事にする、ということだったんです。

■お人好し引退宣言!

池田氏が運営する「メンタルジム(イケジム)」に男性メンバーからメールが届きました。

「今まで周りの人に嫌われたくなくてお人好しを演じていましたが、ここ1ヶ月、それをやめてみました」という趣旨のメールでした。

お人好しをやめてみたら、現実がどれほど変わったかということが綴られていたそうです。

 仕事場ではなぜか尊重され、大切な存在として扱われるようになった。

仕事が忙しく大変な時は、何も言っていないのに「大変そうですね。お手伝いしましょうか?」と言われるようになったという。

今まで、必死に努力して、愛想良く振舞ってもそんなことはなく、からかわれ、ナメられ、軽く扱われ、ないがしろにされ、出し抜かれ、本当にロクなことがなかったのに、無理な愛想笑いをやめて、お人好しをやめて、自分で自分を大切にした途端に、現実も180度変わったんです。

周りに気に入ってもらおうとしない、気に入られなくても構わないと思う、そうやって今までの努力を手放し、今までと全く逆のことをするということが人生を変えることになるということ。

自分が自分を大切にできたとき、周りからも大切に扱われるようになるということなんですにゃ🐈

■自分を大切にする生き方!自分を大切にすると相手も大切にできるとは?
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■無愛想になることで手に入るもの

無愛想になって見ると、面白いことが起きると池田氏は言います。

なぜか自分に自信が湧いてくると言うのです。

・軽く扱われた時は、不機嫌になる。

・返信する気がないメッセージは遠慮なく既読スルーする。

・相手の話が面白くない時は笑わない。

・相手のご機嫌をとるようなことは言わない。

・相手の期待に応えない。

・行きたくないところには行かない。

・「相手に悪い」からという理由でやっていたことをやめる。

・実は言いたかったことを言う。

・遠慮なく、やりたかったことをやる。

・他人から否定されても、それでもやる。

・媚びない、ペコペコしない、下手に出ない。

これらはやり方だか、大事なのは、これらが「内面に変化を起こすアプローチ」であると知っておくことだと言います。

 前述したことをやっていると、だんだんと「自分は自分を大切にできる人間だ」「普通にしてていいんだ」「自分の思ったことをやっていいんだ」という内面的感覚が生まれるようになる。

そう思えるようになることが大事なこと。

自分の内側に変化を起こすために無愛想になってみるのだ。

外側の現実的行動をそうやって変化させていくことで、だんだん内面の自己認識に変化が起こってくる。

セルフイメージや自己概念が上がってくるのだ。

今まで愛想良く生きてきた人にとって、無愛想に生きることは初めはすごく勇気のいることかもしれません。

でももしあなた様が、人生の生きづらさに悩み、愛想良く振舞っているのに、頑張っているのに報われない、そんな思いがあるとしたら、思い切って無愛想になることが人生を大きく変える転機となるのではないでしょうか。

吾輩は今でこそ、そこそこ無愛想な生き方ができるようになりましたが、かつての吾輩もまた池田氏の言う愛想のいい、嫌われるのが怖い人間だったと思います。

無愛想になることは、自分を大切にして、自分の道を淡々と歩くことです。

■我慢しなくていい?我慢しない生き方
日本では、古くから我慢や忍耐、遠慮などが美徳だとされてきました。我慢することは本当に良いことなのでしょうか?我慢しないで生きることを自分に許して、相手にも我慢をさせない生き方をするだけで、もっと自然体でもっと自由な生き方になるのかもしれません。