■人生は表裏一体。「投影」とは⁈

ポジティブとネガテイブ

裏と表

天と地

明と暗

吾輩たちが住んでいる世界は、常に相反するものが混在しています。

全ては、表裏一体なのですにゃ🐈

吾輩たちの目の前に広がる光景は、いつも自分の心が移し出しています。

自分独自の心のフィルターを通して世界を見ているのです。

自分独自のフィルターを通して見ているので、同じ景色を見ても、同じことを言われても、同じ道を歩いても、吾輩たちの感じ方や見え方は、全く違う世界になってしまうのです。

例えば、旅行で海外に行ったとします。

・Aさんは、日本とは違う文化や風習や気候に対して、興味深々で現地を満喫して、また行きたいと思うくらいに楽しい旅行になりました。

・Bさんは、日本とは違う文化や風習や気候に対して、日本と比べてばかりで現地の文句ばかり言って、全く楽しめませんでした。

このように、同じ場所に出掛けても印象が180度違う結果になってしまいました。

そうなのです!

全ては「自分の心が移し出している」からなのですにゃ🐈

もう一つ例を挙げてみます。

例えば、職場が同じのDさんについて

・Aさんは、Dさんのことを話し易くて明るいし、いい印象を持っています。出来ればもっと仲良くなりたいとさえ思いました。

・Bさんは、Dさんのことをあまり良くは思いませんでした。常に、Dさんについて悪口を言ったり、文句ばかり言っています。

Dさんは、同じ人なのに人によって印象が180度違う。

これも、そうなのです。

「自分の心が移し出している」からなのですにゃ🐈

こういった現象を心理学の世界では「投影」と呼んでいます。

「自分自身のコンプレックスや嫌なところ」などが投影という形で映し出されるのです。

ということは、例えば「ずるいのが大嫌い」だったとします。

吾輩も「ずるいのが大嫌い」です。

投影に当てはめてみると…

「狡い(ずるい)のが大嫌いだ」と思う人や吾輩の心の奥には「狡い」があるのですにゃ🐈

これを知った時、吾輩は本当に「ショック」でした…

「狡い」を認められないのは、自分自身が無意識のうちに「狡さ」を禁じていることを、他者が自分の目の前でなんの躊躇(ちゅうちょ)もなくやってしまうと、嫌な感情に包まれてしまうのですにゃ🐈

■「投影」とは?

「投影」とは一体、どんなことなのでしょうか?

心理学における投影(とうえい)とは、自己の悪い面を認めたくないとき、他の人間にその悪い面を押し付けてしまうような心の働きを言う。一般的には悪い面を強調することが多いが、良い投影も存在する。

投影は日常生活においてよく起こっている。例えば、なんとなく嫌いだった人物が、実は自分の否定的な、認めたくない面を体現していたなどである。

ユング心理学では、元型の一つ影(Schatten) とも関連し、否定するのではなくそれを自分の一面として認識し受容することで、もっと大きな「大いなる自己」・自己実現へと成長するきっかけとして活かすことができると言う。

Wikipedia 投影より 引用

■「投影」を簡単に言うと…

自分の悪いところ(自分の中にある影の部分)を認めたくないのは、自分自身が禁じて、時に我慢さえしていることを、他者の中に見ているからなのですにゃ🐈

だから、嫌なところ、嫌いな人という表現で、他者に悪いところを押し付けてしまう。

自分自身が禁じていることや時に我慢していることを、その相手が平気でやっていると「なんなんだこの人は!」という嫌な感情に包まれてしまうのです。

しかし、その事実を認め、受け入れる(自分の中にある影の部分に気付く)と、大きな成長となるきっかけとして活用できるようになるのです。

だとしたら「嫌なこと、嫌いな人」には心から「感謝」するべきなんじゃないかと思います。

なぜなら、自分では気づかない「自分の悪いところやコンプレックス(影の部分)」を教えてくれるのですから。

これからは、「嫌なこと、嫌いな人」に遭遇したら立ち止って、自分の中にある嫌な部分を「ちゃんと認めていく挑戦」をしたいと思います。

ちゃんと認めることが出来れば、大きな成長となるのなら、それをやらない手はないと思うからです。

もしも、あなた様に「嫌なこと、嫌いな人」が現れたらこの話しを思い出して「投影」についてあれこれ調べてみるのもいいかもしれません。

「そうだったのか」と思うか「そんなはずはない」と思うかは全くの自由ですし。

変わるきっかけになるのなら、儲けものくらい軽い気持ちで向き合うのも悪くないと思います。

■人はみんな完璧ではない

また、こうも思います。

誰一人として完璧な人など何処にもいないのですにゃ🐈

誰もがみんな「ポジティブとネガテイブ」「裏と表」「善と悪」相反するものを持っているのです。

そう思うと全てが腑に落ちます。

そう思うと、もっと「寛大」になれそうです。

「寛大」で「大きな心」を持つことは、無闇に苛立つこともない、他人に機嫌を左右されない無敵の心のように思います。

「投影」とは、「寛大」を学ぶのにも役立ちそうですにゃ🐈

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